ワインに挑んだ
パイオニアの存在。
3メートル以上も雪が積もる豪雪地帯。なぜワインがつくれるのか?それには、創業者であり現会長、種村芳正氏の存在があった。
減反政策もあり地域経済に陰りが見えはじめた1970年代。このまちに新たな産業を——。有志たちを集め、北海道へ向かったという。まちおこしとして成功したワイナリーの視察。北海道でできるなら、魚沼もできるのでは?
醸造という意味では日本酒はあった。けれどもワインはやったことがなく、ぶどうづくりの経験もない。それでも「ワインはつくれる」。できたのは五間×六間の醸造所をもつ、当時世界一小さなワイナリー。すべてはここからはじまった。
雪国の知恵を
生かしたワインを。
ここでのワインづくりに欠かせないのは、雪室だ。雪室とは、冬の雪を使った天然の冷蔵庫。雪国に伝わる知恵だ。年間で雪室貯蔵庫は5度、木樽の熟成庫は15度と一定の温度で熟成できる。
そう淡々と語りながら、ふと思う。そもそもなぜこの会社に入ったのか?ワインっておもしろそうだなと。ワインの知識もなく、すぐにやめてやると思いながらもう一年もう一年、と続けてきて今に至る。徐々にまかせてもらえるようになってから仕事が断然おもしろくなった。
ワインづくりは
マイペース。
ぶどうは植えてから5年から10年かかり、ワインとなればぶどうを収穫し熟成させ長いもので8、9年。そうしてようやく結果が出る。ワインづくりはせっかちな人じゃできないかも。それに、つくって2、3年はいいなと思っても、5年も経つとそうでもないと感じることも。発酵させて瓶詰めして味見する。そのときはおいしいと思っても、何年か経つといまいちだと感じるし、またその逆もある。そこがワインのおもしろいところだ。不安はいつだってある。大丈夫か?飲めるか?開けてみると、結構いける。そのペースが自分にはちょうどよく、ワインのペースに合っているのかもしれない。
魚沼にこだわってこれからも。
これからやってみたいこと。もうちょっと生産量をふやして販路も拡大できたら。ほかの地域ならいいものができるかもしれないが、やっぱり地元だ。
魚沼でおいしいワインがどれだけできるか、挑戦したい。この50年でワインも日本の食文化に定着してきた。一方、魚沼でワインをつくっていると話すと今も驚かれる。実は全国でも6、7番目に新潟がワインをつくっている地域でもある。
魚沼でしかできない製法。特色あるオンリーワンの味を、観光でいらしたお客さんやスーパーで手に取ったお客さんに届けたい。おいしいと言ってもらえるのが何よりうれしいから。

